春一番もかくや
 



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  それはまさに刹那の暗転。

春間近とはいえ やや冷え込んだ晴れの日の昼下がり。
一仕事を終えての社への帰途、街路をのんびり歩んでいたところへ、
冴えた外気を引き裂くように躍りかかった漆黒の影が、
日常に容赦なく食いついたそのまま、安寧ごと切り裂いた。

 「な……っ!」

魔都ヨコハマの治安を守る頼もしき雄、
我らが武装探偵社がその機動力を誇る活劇担当の新鋭、
戦闘特化された並外れた体力膂力のみならず、
野生動物並みの級である視覚嗅覚という探査能力を持つ虎の少年を、
不意打ちでとはいえ難なく搦めとり。

 「……っ!」

そんな彼のサポートをこなす、
元ポートマフィア幹部の万能社員である太宰さえ、
ハッと表情をこわばらせたが俊敏に対応するには微妙に遅く。
何をどうと思う暇もないまま腕を掴まれ、
一気呵成に総身の自由を奪うほどもの拘束を強いて、
傍らの雑居ビルの壁へと強引に叩きつけた狼藉者。

 「つ……っ!」

思えば、自分たちは軍警でも持て余す級の案件を
異能と行動力で捌いて来た存在であり。
警察や公安と違い、義務を掲げての任務じゃあないが、
それに代わる信念あっての働きは苛烈にして容赦がなく。
となると、そんな経歴や肩書を芳しく思うはずのない裏社会のならず者らから、
逆恨み含めどんな恨みを買っているかもしれない身でもあるわけで。
よって、どのような形の奇襲が降りかかっても已む無いと言え。
だというに、身を躱すことも出来ぬまま、こうもあっさり絡め捕られただなんて、
油断していたと言われればそれまでで、
国木田あたりから“ちょっとそこへ座れ”と律され、懇々と説教されそうな状況なれど。

 「…っ。」

勘のいい二人が相手の気配をこうまで察知しきれなかったのは、
突然の襲撃に害意や殺意が載ってはなかったというのも大きにあったと思う。
敦の側は、あっという間にその身を簀巻き状態にされてしまったが、
あくまでもそういう“拘束”止まりの扱いなようだったし。
太宰の確保法に至っては、異能力を無効化するという、
やや特別な異能を持つと知っていたのだろう、
掻き消されて役を果たさぬだろう異能ではなく、
生身へ宿した自己の膂力による拘束をと構えた相手だった周到さではあったが、

 「てぇいっ、こうかこうか此処か、どうだ。」
 「痛い痛い、痛いったらっ。」

向かい合う格好になった太宰の、
今日のお召しである厚手の外套にくるまれた二の腕やら肩やら、
果ては顔を両手で挟み込んでの頬やらを
上から下、下から上へとパチパチパチと叩いて叩いて
何かしらを検分しているらしく。

 「もしかして手套が邪魔なのでは?」
 「おう、そうか。」
 「あと、手のひらを触らねば。」
 「おお、そうだった。」

いかん慌ててて忘れてたと、
体の側線に添うよに だらんと降ろされたままの手を取ろうと、
手首辺りを掴まえ、
わざとらしい“握手”へ持ってこうと仕掛かった襲撃者たちだったが、

 「…………キミらねぇ

あまりにも意外な流れだったため、ついのこととて呆然自失の体でいた太宰が、
相手の正体と唐突が過ぎる一連の行動から、
一体何がどうしたのかまでもを あっさり見抜いてしまったのだろう。
呆れたように目許を眇めつつ、自分の手を捕まえようとする手を逆に捕まえ、

 「大概にしたまえよ?
  他人の異能の恩恵、タダで受けようって腹なのかい?」

無表情のまま相手を見据えると、低められた声で冷たく言い放つ。

  何だよ、金を取る気か?
  というか、傍若無人が過ぎると言っているのだよ

「せめて相談して来て、その上で “お願いします”だろうに。」
「手前が相手じゃなけりゃあ、
 物の手順も礼儀や道理も通したろうし、頭の一つも下げたんだがな。」

手前なんぞに礼儀なんて通しても無駄だろうがと、
噛みつくように言い返す、ポートマフィアの大幹部、
素敵帽子の中原中也さんであり。

  ああ、なんか通常運転だなぁ、と

火蓋を切ったのは凄絶な殺し合いや殴り合いではなかったものの、
喧々諤々、凄まじい勢いでの罵り合いが始まったというに。
突然の異常事態へ躍り上がってた心臓が、
すとんと定位置へ落ち着いたような安堵を覚えた虎の子くんだったりし。
強引な拘束を受け、何だ何だと舞い上がったそのまま、
緊張しきって総身が堅く強張っていたのも ゆるりと解けたのを幸いに、
自身が置かれた現状の打破に取り掛かる。

 「〜〜、もう降ろしてくれてもいいだろ?」
 「ああ。」

手足をまとめて縛り上げられ、多少もがいてもびくともしない。
こうまでぎっちりと縛り上げられたのは久々じゃあなかろうかという級で、
黒外套が転変した“黒獣”による拘束を受け、
しかも足元が浮くほど吊し上げられてしまってた待遇へ、
早く解いてと眼下に立つ兄弟子さんへ訴える敦で。
そちらさんもまた、先達と師の噛みつかんばかりの応酬を、
だがだが、止めるほどじゃあないかと傍観する態勢に入りかけてたようで。
白の少年から掛けられた声に我に返ると、
両の手は外套の衣嚢へ突っ込んだまま、
掲げる格好で持ち上げていた獲物を降ろしつつ、しゅるりと異能を解いてくれて。

「何があったの?」

虎の少年が問うたのは、思いがけない襲撃者こと、
同じく太宰に師事しているという格好の兄弟子にあたる芥川へだったが、
それへと応じたのは意外にも、

「大方、よからぬ異能に引っ掛かってしまって、
 私の異能で無効化しようと押し掛けたってとこなんだろう?」

「……っ。」

「しかも、これこれこうと説明するのが恥になろう展開で、
 いやいや そんなじゃあないな、何ともお恥ずかしい異能に引っ掛かったとか?」

そうと告げつつ、向かい合う中也へ
何か企みを含んでいそうな哄笑滲ませたような笑みを突き付け、
むうと警戒した相手の隙を見事に突いて、
素早く振り上げた指先で、自慢の帽子の鍔をとんっと弾いて跳ね上げてしまう。

 「あ…っ。」

こちらからすりゃあ不意打ちのお返しではあったが、
結構な荒事の最中でも滅多に飛ばない其れが、
そんな程度の弾みで呆気なく跳ね上がったのも 思えば “それ”のせいだったのかも。
ダービーハットともいう黒い生地のボーラーハットが、
帯に飾られた銀の鎖を冬の日に煌めかせつつ宙へ浮き上がり、
それが覆う格好になっていた赤みの強い髪をあらわにする。
シャギーの入ったくせっ毛は柔らかい髪質で、
鋭角的な中也の面差しをなおワイルドに引き立てているそれが、
敦も大好きではあったが、

 「………え?」

その赤い髪をそのまま毛並みとした、一対の獣耳がひょこりと立っていたのへは、
暁色の双眸を見開き、呆然としてしまうしかなかったのだった。





     to be continued.(18.03.21.〜)




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 *はい、今回はそういう “異能”ネタです♪
  中也さんご本人には不本意極まりない運びでしょうが、
  赤毛の獣耳はきっと似合うことと思われますvv